夢の話(眠ってる時に見るほうの夢)

2004年から2012年末までやたらと詳細を覚えてる夢が増えました。
最初は楽しんでいたのですが、夢の世界の記憶と現実の記憶がゴチャゴチャになる場面が何度かあったので、覚えていても記録(メモ)したりせずにいました。忘れたほうがイイと思ったからです。
それでも何度も見ているうちに夢の中の世界はどうも3つあるなぁと気がつきました。
といっても基本関西地方(京阪神地区)がメインの舞台なんですが、どうにも世界の様子が違います。
3つの夢世界のうち1つは見る頻度が少なかったせいか情報が少ないです。
どういうわけか3つの夢世界のうち最も過酷な世界での自分が死んでしまったとたんにこれらの夢は見なくなりました。

別に夢を見たからと言って予知ができたりとかはないのです。
ただ異常なほど作り込まれた世界で覚えている地図や路線図も広範囲なモノでした。
夢の世界の記憶と現実の記憶がゴチャゴチャになる場面と言うのは、実際の交通網と夢世界の交通網に共通点が多くて「あ、次の駅が●●だったな」って思っていたら実際にはそんな駅は存在しなくて面食らったとか、そんなレベルです。

知り合いの漫画家さんになんとなく夢の事を話したら、おもしろいから何か記録するべきと言われたので、完全に忘れてしまう前に、こうして記録してみようかと思い立ちました。ただ見なくなって4ヶ月ほど経過しているうえ古いモノは2004年の事なので、徐々に記憶が風化しています。

文章で記録っていってもなにか楽しい物語が展開するわけじゃないです。
基本的に夢の中の自分も生活していたんで。w
夢の中で見た事、聞いた事、その世界の独自な部分とかを書き出すのがやっとだと思います。
やたら正確に覚えているのに、なぜか文字の情報は記憶がないです、目にしていた記憶はあるのですけど。
夢の中の同僚や友人との会話も聞こえてるというより頭に入ってきて理解した情報を受け取るという感じが多かったです。
あ、何人かは実在の人物も出てきました。関係性は現実と大差はなかったですけど。

基本たわごとなんで、そういうのが苦手な方はご遠慮くださいませ。w



●1番情報の少ない夢。
この世界の夢は大抵電車に乗るところから始まります。定期券で自動改札を抜けるのですが、今のような非接触タイプのカードシステムは存在していません。
現実世界の阪神電車の本線にかなり近い位置を走っています。
よく利用する駅は大物駅(付近)・尼崎駅・甲子園駅(付近)・西宮駅・春日野道駅。

大物駅では難波方面への乗り換えに使います。
駅のまわりは昭和50年代の雰囲気の街。大物駅という認識ですが雰囲気は現実の杭瀬駅周辺の雰囲気に似ています。

尼崎駅は現実には存在しない塚口経由宝塚方面への線路があり、そちらに乗り換えるのに使いました。
昭和な感じの女子校生の集団とかち合う事もありました。
駅の建物1Fにある現実では旧アマセンに似た小さなショッピングモールのような場所もありました。が、雰囲気はちょっと暗くて建物の真ん中に通路があり両脇に独立したお店が並ぶという感じです。ガラスに黒っぽいシートを貼ったような中の様子が分かりにくい喫茶店やゲームセンター、定食屋などが並んでいます。去年の夢では一部店舗が改装されて少し大きめのレンタルビデオ屋さんができてました。DVD漁ってました。w
残念ながら付近の街の様子はあまり覚えていません。現実と同じように商店街の入り口があった事くらいでしょうか?

尼崎駅から西方面の車窓ですが、武庫川付近までは古くさい民家が立ち並んでいます。武庫川を越えたとたんになぜか緑でいっぱいになります。緑といっても自然なモノではなく、線路の南側は広大な敷地に4階ほどの高さだけどやたらとでかい建物があり敷地の半分以上を木で被われているという何かの会社が並んでいるのです。北側も似た感じですが、会社と会社の間に農家の畑が広がるエリアがあったりします。

甲子園駅付近ですが、これは寝過ごした時に出てくる駅だったので駅舎の中しか分かりません。甲子園とは言っても実在の甲子園駅とは違って、なんというかすごく田舎の無人駅みたいな雰囲気です。

西宮駅の周辺は基本的に畑しかありません。木もほとんどないので畑がよく見渡せます。古い家が並んでるところもあって駄菓子屋さんのような雰囲気のお店でよくソーダを買ってました。
西宮駅からも北への線路があり、こちらに乗り換えると遠回りですが大阪に戻る事ができるようです。途中に線路が分岐している駅があり、そちらに乗り換えると三田経由で山南方面まで伸びていました。山南は一度だけ行きました。夢の中ですけど。役所に書類を届けるのですが、電車の数が少なく、さらに線路が分岐していました。駅舎は古い木造建築で、わりと大きく天井も高いですが全体が黒く煤けてます。お土産屋さんの奥に畳敷きの広間があり、お茶を飲みながら電車の時間を待つ事もできました。あ、線路の東側に道路、西側に川が流れてました。

春日野道駅は半地下で、駅の入り口は雑居ビルの1Fを通り抜ける感じです。ただし南側しか利用したことがないので、北側は分かりません。周囲は港が近く大小様々な倉庫があり低層の雑居ビルが立ち並んでゴミゴミした街です。
ビルの1Fは定食屋か飲み屋かって感じの店ばかりでした。実在の阪神電車の春日野道は降りた事ないんですけどねえ…

一度だけ会社の偉い人と車で三宮より西方面に行きましたが、少し背の高い偉そうな役所の建物とめちゃくちゃでかい神社の敷地の横を通り抜けました。背の高めなビル群と緑が共存する街ですが、人通りは少なくて住居らしきモノは記憶にないです。

こんな感じの世界で電車に揺られて書類を運ぶサラリーマンでした。
高層建築はほとんどなく、民家も昭和の雰囲気で自分が生まれる前からほとんど景色は変わってないんだろうなぁと思いながら車窓から見える風景を眺めていました。

●過酷な世界の夢。
この世界の夢を見つづけて分かった事は、その世界は第二次大戦後に東日本と西日本に分かれてしまったということ。
東日本の情報は何一つ入ってこなくて、福井、岐阜、三重あたりが境界だったようです。

自分の居た西日本は形は独立国家ですが実際は中華(実在の共産党国家とは別のようです、また呼び名もだいたい中華もしくは華人でした。)の属国で、入ってくるニュースはすべて中華経由しかも検閲後のモノばかりで東日本を含め世界の状況がまったくわからず、人々の暮らしはバラック小屋のような板張りの粗末な家がたくさん並んでいる街で、中華政府黙認の闇市で食べ物を手に入れたりと非常に貧しい生活をしています。生活レベルはおそらく戦後すぐから変わっていないのでしょう。
道路も国道の一部以外は舗装もされておらず、電信柱はすべて木製。明かりは基本裸電球。蛍光灯は一般には出回りません。

例外的存在として政府機関に勤めているモノや華人相手に商売ができるルートを持つ人たちはある程度豊かで文明的な生活ができていたと聞いています。
電化製品といえばラジオくらい。電話も黒電話がやっと。トランシーバはありましたが一部の専門業者しか携帯が許されていません。携帯電話は華人しか持っていませんでした。車は華人だけでなく政府関係者や華人へのルートを持つ一部の人は持つことができたようです。バイクはお高いですが一般人も入手できました。

自分の生活基盤は現実の神戸市東灘区あたりの山手のボロイ家です。
ただ山手なので街が一望できました。

大きな港がある地区には港湾施設を中心に高さ20Mはあるコンクリの壁に囲まれた中華特区(特区と呼んでました)と呼ばれる街があり、その中にはかなり高層なビルがいくつもあり、出入り口は厳重な警備が敷かれていて、壁から50Mほどは立入禁止区域で有刺鉄線で囲まれています。

立ち入り禁止区域ギリギリまで貧民街が広がっていて山手から見下ろした時に特区と貧民街のあまりの落差に強い憤りを感じていました。

貧民街によく出入りしていて、飲み屋で中華への不満を口にしていて店主によく注意されていました。
そんななか若者が中心の反中華組織が台頭してきました。
自分の仕事や年齢、家族の事も考えずその組織に何度も接触し、下っ端構成員になりました。
上層部はえらく大変な事を目論んでいると言う噂でしたが自分はそういう事には疎くて、ただただ現状を変えたいとしか思っていないただの鉄砲玉です。
上から言われた通りに政府関係者を拉致したり尋問(拷問かも…)に立ち会ったり、死体処理も関わっていました。
上品な服を渡されて政府の建物へ入り込み書類を盗み出す事もありました。

去年の年末、自分に大きめの仕事が割り当てられました。
舞鶴にある特区への潜入ルート確定のための下調べです。特区の付近に潜入でき、必要な情報も手に入り順調に調査地域から脱出し仲間と合流までは良かったのですが、全員別ルートで帰る事になっていて自分はバイクで山越えをする事になりました。
まぁ、それが運のつきです。舞鶴地域の広域警備(華人)に見つかり停止を命令されたのですが、振り切って逃げるという選択をしてしまいました。当然華人の警備は発砲してくるのですが、これがバイクと自分のふとももに命中します。
なんとか道路脇の茂みに転がりこみますが、立ち上がる事もできず小さな木にもたれかかっているところを華人の警備に囲まれます。華人の警備の一人が無線でしゃべっていたかと思うと一番近くの人が自分の眉間に銃口を押し付け「あぁ、終わりか…」と思ったところで目が覚めました。冷静に考えれば、他のメンバーを逃すためのオトリだったんでしょうねえ。

その夢が最後で3つの世界の夢は見なくなりました。や、見てるのかもしれませんが、覚えている事はありません。



●平和な世界。
この世界での自分は転職して学校の電子設備のメンテ要員でした。たまに設置作業等もこなしていたようです。同僚と色々な学校を巡っているシーンを覚えていますが、同僚の方々については現実ではまったく面識がない人たちです。
ただ友人知人関係は現実と何人かは同じで、住んでる場所や関係性もほとんど同じだったので記憶が混同する原因の一つだったに違いないです。(汗)
電子機器が好きで日本橋によく出かけていました。というか現実の五階百貨店付近しか部品屋みたいのはないのですけどね。
付近には車のジャンクパーツや電化製品の部品、工事用器具の部品を扱う店が少し集まっているだけで、現実の日本橋の規模はありません。大国町駅方面に15分ほど歩くと電子パーツ(主に米製PC関連ジャンクパーツの専門店があり常連でした。)
マンガやアニメはありますが現実世界のような盛り上がりはなく90年代の感じ、ゲームにいたっては未だドット絵が主流です。オタクという言葉は存在しませんが、そういう趣味の人が虐げられてるのには変わりありません。

ヨドバシカメラの上の方にもそういう専門店があり時々顔を出してました。ヨドバシは京都の河原町付近の商店街を北に抜けたあたり三条?あたりです。現実はJR京都付近ですか?行った事ないですけど。
ヨドバシ近くの雑居ビルに5Fがアニメ・マンガ専門ショップ、4Fが輸入モノのCD屋、1Fが小洒落た茶店って場所があり、そこも通っていましたね。

現実世界の心斎橋アメ村付近から本町方面はお堅い会社だけじゃなく、色々な小さなショップがたくさんあって集まってくる人たちも多種多様です。食べるモノにも困りませんがトイレの数が少なくてトイレ地図が頭に入ってました。

梅田から地下鉄で移動するのが基本なのですが、メインの地下鉄は梅田~天王寺を結ぶ縦長の環状線になっていて、いくつかの駅から各線へ枝別れという構造。梅田駅ホームは何本かの支線も入り込んでいて、どこへ行くにも便利な駅です。
梅田の地下街はかなり長くて南は淀屋橋まで達しています。大丸付近はバスターミナルじゃなく半地下円形広場になっていて、地下で迷ったら一旦そこに出て位置確認って感じで使ってました。
現実での阪急梅田駅東側、茶屋町付近ですかね?大きな商業施設を一つ挟んで、そこから天神橋方面に向かって広い範囲で古い西洋建築物が移設されたエリアがあって建物もなにか公的施設として機能していますが観光名所になってます。ただ北に一筋ずれると民家と小さな工場と商店街が入り組んだ場所になってしまうので、迷いこんでしまう人が後をたたないようでした。一方通行や行き止まりも多々あり。

京都へ行くのは阪急に相当する電車で行くのもありですが、京都線は天六からしか出ていません。梅田から天六は阪神電車に相当する電車へ乗っていかねばなりません。
それよりも地下鉄で天満橋/北浜付近の駅にでて直結している京阪に乗り換えるのが主流。
京阪もいくつかの路線を持っていて、乗り間違うと阪急京都線の走っている方面に行ってしまいます。
車体は赤と肌色っぽい色のツートンの車両が多かったです。古くさいまるっこいデザインが主流。

飛行機にも乗りました。目的地は東京、飛行コースは伊丹~羽田。関空や成田はありません。
帰りは新幹線ですが、新幹線は現実の新橋あたりが起点駅です。新橋付近は海側は倉庫ばかり、山側は倉庫代わりの広大な空き地が目立つ場所ですが、キッチリと碁盤の目のように区分けされていて民家などはありません。居住区と就業地域ははっきり分かれていて間には一区画分線上に緑だけの区画があり境界線になっています。
駅の中は大きな古い校舎のような雰囲気で、とても今時な感じはしません。無駄な装飾はなく機能重視です。
東京も大阪も高層ビルはなく、戦前に立てられた西洋風建築物は現役です。
この夢世界は第2次大戦を早期講話で終えていて本土空襲とかがなかったせいか、古い建築物がたくさんあります。また高度成長期というものも無かったので、今のような発展はしていません。ただアメリカとは対等に付き合える数少ない国ということで一目は置かれているようです。アジアの国のほとんどは独立しているようです。ただどこも日本語は通じると聞きました。

新しいビルを作るときも高さではなく大きさや威圧感、重厚感を重視する傾向があるようです。
東京一極集中という政策がなかったためか、地方都市も元気です。
ただ軍事に割く費用が大きくて国民の批難の的になっています。
インターネットはアメリカの思惑もあって2000年代になってようやく日本を含め東アジア地域に接続したと覚えています。

北浜駅付近にできた建物がかなり大きく重厚な感じですが、1Fに日本一の売り場面積を誇る本屋さんが入っていて結構お気に入りでした。トイレは不便な位置にありましたがキレイな洋風便器です。

西宮の甲陽園付近から甲山方面へ自転車で出かけるのが好きで走り回るシーンもよく見ましたが、現実の甲山と違い甲山全体が大きな神社で、山頂はご神体の岩があります。岩を一周するように遊歩道があり下山道はいくつもあります。道中にもご神体とされる岩が転がっています。登れないようにしてありましたけど。
甲東園方面に下ると車道の横に川が流れている道にでて、工事関係者しか入れない場所が道路脇にあったりしてようやく民家が見えてきます。現実でそんな光景見たことないですけどね。

尼崎の立花あたりから武庫之荘~塚口周辺に向かって行くと基本は田んぼしかないのですが、住宅地が近づくと大きな女子校があり、この校舎が有名な西洋風建築であまりにカッコイイので何度も見にいきました。
JR尼崎の北西に相当する地区は寂れた小さな工場街って感じで、高速道路の高架や工業用用水路等が入り組んでいて見通しが悪いせいか治安が良くないと噂でした。
阪神尼崎相当の地区では阪神国道周辺は小さな民家が多くて市の建物とかも横に大きいけど高さは無いものばかり。現実のアルカイックホール付近は重厚感のあるホールがあり、川沿いはかなり整備されていて、その一区画だけ西洋の庭園のような印象です。
大物付近の交差点がややこしく車有線の作りになっていて地域住民を分断していると聞きました。
杭瀬方面は何故かいまだに漁師のいる街で、商店街も大きく地元のお祭りでは山車もでます。神崎川から用水路を引いていて、街中を横切るように川が流れています。水はキレイです。


神戸は阪急神戸線に相当する電車を利用していました。
御影か岡本に相当する駅から山の方へ向かうのですが、山を含めて周辺が相当整備されていて山の斜面が一面墓地になっています。
墓地の帰りに三宮ではなく王子公園あたりで降りてご飯を食べるのが定番コースです。

と、まあ本当に生活していたんじゃないかと勘違いするほど細かい事を覚えていて現実の世界で戸惑う事が何度もありました。
すべてを書き出せたワケではないですが、雰囲気を伝えられる程度には書き出せたんじゃないでしょうか?

今年に入ってから夢の中の事を覚えてる事はなくなりました。少し寂しい気もしますが、自分の脳みその記憶容量を圧迫しかねないほどの情報量なので、覚えていないほうがきっと幸せなんでしょう。

頭が悪い部類の人(自分)が書いた文章なので読みにくい&伝わりにくいと思いますが、所詮チラシの裏のラクガキなので許してくださいませ。
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by tenten909 | 2013-04-22 01:02 | 雑文